2012年9月 1日 (土曜日)

それぞれの思いを未来へ〈いわきハート〉

私の事務所は元書店だったところの空き店舗で、しばらく使われていなかったためにシャッターがさび付いて開かなくなっていました。それではペンキを塗って、出来れば絵でも描いちゃおうかな、という話をアクアマリンふくしまでデザインを担当されている伊藤隆治さんにしたところ、「じゃあ、子供達のワークショップをやっちゃいましょうか」という提案を頂き、実現の運びとなりました。

題して「いわきハート」。
いわきにはたくさんのハートがあります。
ハートから思いやりが生まれます。
思いやりのある、ハートのある「いわき」を子供が作ります。

伊藤さんの上手な導きで、我が家の3人娘とその友達で2日がかりの作業が行われました。

Xsc120808_1016

まずは説明。どんな壁にするのか、イメージが湧いてくる湧いてくる。

Xsc120808_1023

材料を買いに行こう! ホームセンターでペンキなどを物色。

Xsc120808_1043

ハートを描いていく枠をまっすぐに描く。シャッターがでこぼこしてるので描きにくい~。

Xsc120808_1061

さあ、ハートを描いていこう。形もいろいろ。色もいろいろ。でもハートの中はみんな真っ白なんだ。

Xsc120809_1078

初日で1面完了! 2日目は2面目に。炎天下だけどみんな飽きずに塗り続ける。「楽しい~」と叫びながらね。

Xsc120809_1094

絵を描き終わったら、タイトルを。まずは下書き。

Xsc120809_1101

塗って塗って、「い・わ・き…」

Xsc120809_1119

はーい、完成! 私の知らないうちに安部館長も来られていて、ビックリしました。

翌朝から車で通る方々の視線が確実にこちらに向いていました。何か心うきうきするシャッターでしょう? 伊藤さんが命名したのが「いわきハートキッズ」。シャッター通りと化した商店街を子供達が明るく楽しくしますよ~。いわきの未来、何か明るく感じるなあ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年11月26日 (土曜日)

観光拠点が復活!〈いわき・ら・ら・ミュウオープン〉

Xmg_03413月11日以来営業できなくなっていたいわき市観光物産センター「いわき・ら・ら・ミュウ」が昨日、オープンにこぎ着けました。この日は朝から大にぎわいで、駐車場に車が停められないほどだったそうです。私は夕方ようやくのぞきに行きましたが、この時間でもお客さんはけっこういて、幸先の良いスタートになりました。

Xmg_0343メインのおさかな市場は空間が一体的な感じになり、震災前より洗練されたスペースになりました。それ以外の館内もずいぶんきれいになり、震災をいい形でのリニューアル・オープンにつなげたという印象です。震災を機に撤退したテナントも多くありましたが、一部を除き新たなテナントが入っていてレストラン街も充実、けっこう魅力的な配置になったと思います。ここに至るまでの会社の努力に敬意を表したいと思います。

Xmg_0346リニューアルの目玉が「わんぱくひろば・みゅうみゅう」。東北最大級の屋内型遊び場ということで、大きな遊具で子供達が遊べる空間になっています。Xmg_0350私が行ったときはこの日の入場整理券の配布が終了しており、だいぶ盛況な1日だったようです。いわきの空間放射線量は大したことはありませんが、外遊びに神経を使っている保護者は今もいますので、こうした室内型の遊び場は必要です。ら・ら・ミュウの集客はこれまで、大型観光バスで首都圏から来られる日帰り客が主力でしたが、これを機に新たな客層として地元の人たちを取り込む戦略も必要ではないかと思います。

Xmg_0352Xmg_0357このほか、1Fでは福島を励まそうという漫画家の方々の原画展、2Fでは震災後の写真展なども行われています。そうそう、1Fのインフォメーション付近には日々の「環境放射線測定値」の掲示が。大事なことですねえ。Xmg_0353_2ほぼ0.1μSV/hの値が続いていて、問題はありません。

駐車場に停められた車はほぼいわきナンバーで、観光客がいつ、どのぐらい戻ってくるかが最も大きな課題です。これは市内の他の施設、アクアマリンふくしま、スパリゾートハワイアンズなども同じことです。アクアマリンは今のところ震災前の3割程度の入場者数とのこと。それがこのまま続くのは厳しい。そんな中、ら・ら・ミュウ駐車場に大型観光バスが1台。Xmg_0339初日から来てくれた方々がいるのです。これは嬉しい。スタッフの方に聞いたところ、この日は大型バス3台が来場。翌日ははとバスも来るということで、未来にほのかな光を見た思いです。

この日は平日ということもあり、閑古鳥が鳴いたらどうしようと、さる幹部の方は前の晩、眠れなかったそうです。しかし、ふたを開けてみたら予想外の人出。予定の1.5倍の来場者に、おさかな市場は商品がなくなってしまったとのこと。それだけ市民がこの日を待ちわびていたということでしょう。

この記事に写真を入れながら、震災後の惨状を並べようと思ったら、写真がありませんでした。市内各地を見て回りながら写真を撮って歩いたのですが、ら・ら・ミュウの写真は撮らなかったらしい。撮れなかった、のでしょうね。でも、おさかな市場の変わり果てた姿は脳裏から離れません。

12月半ばには小名浜美食ホテルがオープン予定。年明けのサンシャインマラソンの頃にはアクアマリンパークの応急的な復旧も整うことになっており、このエリアが徐々に反転攻勢に入ってきています。震災をバネに、生まれ変わったいわきに多くの方々が訪れてくれることを願っています。がんばっぺ!いわき。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年11月 6日 (日曜日)

高校生が復興ののろし〈地域復興祭〉

Xmg_0243今日、小名浜高校といわき海星高校合同の「地域復興祭」が行われました。これは両校合同の学園祭なのですが、通常の学園祭と違うのは、海星高校が津波被害を受け、今年はずっと小名高の校舎を間借りして学校活動を行っており、学園祭も合同になった、ということです。学園祭は本来、3年に1度ということで、今年やらなければ今の在校生は学園祭を経験することが出来ずに終わるところでした。小学校も中学校も、今年は1つ1つの学校行事が「やるのかやらないのか」の選択を迫られていますが、この両校は生徒達の熱い思いの中で「開催」を選択したようです。

Xmg_0225名称は本来の両校の学園祭のものではなく、「地域復興祭」。その名にふさわしく、小名浜スタンプクラブを始め、地域の方々の出店もあり、賑やかなイXmg_0221ベントでした。

特設ステージでは、ジョニー大倉さんのライブを始め、音楽やダンスが。物産ブースでは地域の人たちが焼きそばや豆腐、みそおでんなどの販売を。そのほか、震災に関連した写真の展示や生徒達の部活動の発表などもあったようです。

Xmg_02303月に、避難所だった小名高体育館を訪ねました。あれから8カ月。すでに避難者の姿はなく、生徒と地域の人で賑わう学校の姿にほっとさせられます。

Xmg_0233復興祭の会場を出て、永崎のファミリーマートへ。津波で見る影もなくなってしまった店舗がようやく再建されて、11月3日にオープンしたとのこと。旧知のオーナー・I君がいたので「おめでとうございます」と言ってしまったものの、おめでたいと言っていいのかどうか、言ってから考えてしまいました。Xmg_0231あんな被害さえなければこんな再オープンもなくてよかったのに。しかし、前に向かって一歩踏み出したのは、やはりめでたい。頑張ってもらいたいと思います。オープン記念の福袋などを購入。

Xmg_0234少し足を延ばして、このほど豊間に作られた「がれき灯台」も見てきました。埼玉県の現代アーティスト加藤翼さんの制作ということで、震災のがれきで作られたものです。高さ13.4メートル、重さ8トンというのですから、なかなかの大作。復興の願いを込めたのろしがここでも力強くあがっていました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年11月 1日 (火曜日)

よみがえれいわき!〈アクアマリンとハワイアンズ〉

Xmg_0192この10年、いわきの交流人口を引っ張ってきたのは、疑いなくスパリゾートハワイアンズとアクアマリンふくしまです。両者とも、震災で大きな被害を受けました。ハワイアンズは地下に活断層が走っており、プールを始めとしたメインの施設が大打撃を被りました。アクアマリンは電源が何カ月間も喪失し、9割近い魚が死滅しました。

両施設が今、奇跡の復活をかけて立ち上がりました。昨日はその姿を見に、「アクアマリンふくしま復活記念公開講演『今よみがえるシーラカンス~復活が産む進化学と工学の融合による豊かな展望~』」(長い!(^^;))と映画「がんばっぺフラガール」に行ってきました。

アクアマリンでは熊本水賴・京大名誉教授の司会で、安部義孝館長、佐藤隆一・金沢工業大教授、大西公平・慶應義塾大教授が講演をされました。

アクアマリンのシーラカンス研究は「生きた化石」の謎を解き明かすワクワク感が注目を集めていると思っていましたが、この日の話を聞くと、流体力学、原子力工学、ロボット工学など工学系の分野に貢献しうる実用的な側面があることが分かりました。

Xmg_0158佐藤教授によると、シーラカンスには10枚のヒレがあり、アクアマリンの探索で得られた映像を解析すると、非常に単純な制御でこの10枚が動いていることが分かったとのこと。この単純さが安定したシステムを生み出すということで、ロボットなどの動きに応用しようとしているそうです。Xmg_0185大西教授は「超臨場感技術」を開発しており、物体の触覚(つまり硬さなど)を通信回線で伝え、遠隔地にいるのにその物体の硬さを感じ取れる、という技術を作り上げています。例えば、大学のキャンパスから2キロ離れた場所で、スポンジや金属の感触を認識することが出来るというのです。そうした運動制御技術のヒントがシーラカンスにあるそうです。なるほど、面白い。

Xmg_0137安部館長の言葉も示唆に富むものでした。今回の震災の被害は、「学際」を軽んじた結果である、ということです。例えば、「防災」ということの中には様々な分野がクロスオーバーするのであって、それがうまくできていなかったために被害を防げなかった、というようなことかと思います。震災後生き残った魚はオウムガイなど「生きた化石」と呼ばれるもので、彼らは何億年も生き残ってきた「変化に強い魚」です。我々はそれらに学ぶことが出来るのではないかということでした。

Xmg_0186講演会はすばらしい教授陣による学術的なもので、アクアマリンの一つの側面を見ました。講演後館内を一回りすると、だいぶ通常の姿に近づいてきましたが、トドが戻ってきていない、ナポレオンフィッシュやチンアナゴも見当たりませんでした。まだ完全とは言えない状態なのでしょう。お客さんもいないわけではないけれども通常ベースにはまだ戻っていないようでした。歯を食いしばって何とか挽回してもらいたいものですが、館長始め前向きな取り組みには勇気をもらいましたし、それを支えてくださろうとする学者の方々の取り組みを知ることが出来ました。

Xmg_0190_2屋外では今年の国際環境芸術祭の一環で、アクアマリンのデザインを手がけてこられた伊藤隆治さんのお父さん、伊藤隆道さんの作品が展示されており、人目を引きます。あれ、ちょっとすてきなオブジェだな、と思ったら、何と伊藤さんの作品でした。

Xmg_0199夜7時半からはポレポレいわきにおいて、家族5人で「がんばっぺフラガール」を見ました。この映画は、震災から再オープンに至るハワイアンズの姿を追ったドキュメンタリーです。被災後「もうダメだ」と誰もが思ったほどの建物の壊滅的な被害。しかし再生を目指し、フラガールたちは全国キャラバンへ。Img_01その一方で広野町出身のフラガールが防護服を着て実家に一時帰宅したり、探し出したペットに毎日会いに行ったりする姿、ファイヤーダンスをする男性がキャラバンでは火を使えないため、掃除など地味な仕事を黙々とこなす姿、ハワイアンズが避難者を受け入れ交流する姿、など事実そのものが淡々と描かれています。蒼井優ちゃんがナレーションをしてくれているのがちょっと嬉しいです。

いわき市民にとってはあまりにも身近な場所なので、どれもこれもが他人事ではありません。「ハワイアンズ、あんなんだったんだね~」とは長女の言葉。公開館は全国で22カ所。映画「フラガール」のようなヒット作というわけにはいかないかも知れませんが、全国の人たちに「いわきは元気だ」ということを示す大切な映画になって欲しいと思います。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2011年2月20日 (日曜日)

まちづくりはひとづくり〈こども店長事業〉

昨年度から、いわき商工会議所やいわき市内の商店連合会が中心となって、「いわき『こども店長』事業」が行われています。東京ではキッザニアという立派な施設が出来て、本格的に仕事体験ができる仮想空間が人気を呼んでいますが、いわきではホントのお店で仕事体験をしちゃおうという、ある意味キッザニアよりも進んだ取り組みなのです。

これは、県の地域づくり総合支援事業にエントリーしていて、「商店街の子育て支援への意識醸成」と「子供が実際の商業体験を行う」という2つの側面があります。市内各地で行われてきて、今日は小名浜地区と鹿島地区の日です。

Xsc110220_031うちの小6次女とその友達のやっちゃん、あやのちゃんの3人で申し込み、結婚式場のパレスいわやさんで半日を過ごさせてもらいました。いわやさんはいわずと知れた、いわきを代表する結婚式場で、近年は内装も趣Xsc110220_033向を凝らして、年々雰囲気のいい式場になってきていると思います。チャペルも立派で、いわき青年会議所の卒業式などでも利用させてもらったことがあります。

Xsc110220_004まず、まちづくりステーション小名浜で概要の説明を受けました。その中では流通の仕組みってどうなっているのか、その中で小売店の役割は何なのか、仕事をする上で大事なことはどういうことか、挨拶はどうしたらいいのか、Xsc110220_041など、日頃経験したことのない世界を教えてもらいます。ふだんはお客さんとして何気なく接しているお店屋さんが、運営サイドではどんなふうに動いているのかに気づかせてもらえたのではないかと思います。

この後、「職場」ごとに分かれて引率していただき、「店長」の仕事の始まり。

Xsc110220_012_2いわやさんは小売りではなくサービス業ですので、他の「店長」さん達のように接客をしたりというよりは、逆に終始接待していただいたような感じでしたが、支配人さんがいわやさんの中を一通り案内してくれたようです。今Xsc110220_017日は結婚式も1件あり、披露宴の会場、結婚式を行うチャペル、記念写真を撮るところ、厨房、結婚式の打ち合わせをしているところ、そして裏方の事務所などに連れて行っていただいて、説明を受けたようです。

Xsc110220_043「結婚式場の商売のしくみ」なんていう資料も作っていていただいて、商売としての結婚式場がどんな風に成り立っているのかを分かりやすく教えてもらっていました。

「店長」としての仕事は料理の試食。お昼にお子様ランチを食べさせていただいて、批評するらしいですが、まあ味に文句を言うわけにもいかないでしょうし、美味しかったようなので「美味しい!」と叫んで仕事は終わりです。

皿洗いの1つでもさせていただければよかったのですが、至れり尽くせりで、何だか申し訳ない「店長」様でした。でも子供達がなかなか訪れる機会のない世界を見させていただいて、仕事をするってどういうことか、楽しみながら理解する場を与えてもらって、大変いい1日でした。

Xsc110220_034「勤務時間」は3時間ほどで、その後は今回の責任者の庄司秀夫さんが経営するレストラン「エル・トマ」にて反省会。最後は給与の代わりということで図書券を頂き、解散。今回は小売店や銀行などもあり、昨年に続いての参加者もいたようでした。主催者側は大変な労力を必要としますが、子供達の成長の場として、大変貴重な事業だと思いました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年2月13日 (日曜日)

アリオスで映画祭が始まった〈いわきぼうけん映画祭〉

Ibf_main1つのハコが出来て地域の文化が変わるということがあるものだなぁ、としみじみ感じるのがいわき芸術文化交流館「ALIOS(アリオス)」の存在です。そこを突っ込むと長くなるので今日はやめておきますが、平市民会館がアリオスに生まれ変わり、文化不毛の地と言われたいわきに地殻変動が起こりました。音楽があり、演劇があり、芸能があり、講演会があり…と様々な分野で高いレベルの文化・芸術を提供してきたアリオスが、今度は映画祭に触手を伸ばすことになったのです。

もちろん、このハコで行われるのはアリオス自体が主催しているものばかりではなく、今度の映画祭も実行委員会主催のようですが、このハコを舞台にこうした新しい文化の動きが生まれているということがすばらしいことだと思います(「いわきぼうけん映画祭ブログ」によれば、この企画自体もアリオスの仕掛けから生まれてきたようです)。
http://boukeneigasai.jugem.jp/

Xsc110212_008くだんの「いわきぼうけん映画祭」は2月11日(祝)・12日(土)の両日行われました。出来れば出品作を一通り観てみたかったのですが、ようやく会場に行ったのは2日目の午後で、何かの作品を観終わったお客さん達がどやどやと帰られる流れに逆らって、中劇場に向かいました。この様子を見ると、けっこう多くの来場者がいたようですね。

この映画祭の開催趣旨は
・映画や映像を媒介とした「人つなぎ」を模索し、新たなコミュニティを生むこと。
・市民レベルで「Made in Iwaki」を発信できる場を作ること。
・また、アリオスと街なかの連携を進め、都市部における市民生活に多様な価値を加えていくこと。
だそうです。なるほど。いわきのまちおこしであり、アリオスとまちをつなげる試みであり、映画を通して人をつないでいくということ。
http://iwaki-alios.jp/cd/app/index.cgi?CID=news&TID=PAGE&dataID=00237

私は映画の世界はよく知りませんが、地方で小さく始まったこういう映画祭は果たして魅力的なものになりうるのでしょうか。Wikipediaで調べてみると、国内の映画祭は86ほどあるようです。青森、秋田、仙台、福島、須賀川など、東北各地でも行われています。そうした中での新規参入。いわきならではの映画祭に育ってもらえればと思いますし、いわきの人々との間で映画にまつわる何らかの化学変化が起こると面白い!と思います。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%A0%E7%94%BB%E7%A5%AD

今回の上映作品は、招待作品が6本、公募作品が33本(いわきを題材にした「いわき部門」12本、冒険を題材にした「ぼうけん部門」が21本)、そして「映像制作ワークショップ講師作品」が2本の計41本。テーマも長さも作者もかなりまちまちですが、よくこれだけ集まったものです。残念ながらほとんど観ることが出来なかったので、作品の質については論じることが出来ませんが、頂いたパンフレットを見ると、なかなか興味深い作品が並んでいるようです。

2月17日には平のポレポレいわきで「いわき賞」を受賞した「私立探偵ダイス」と「ぼうけん賞」を受賞した「モートラ物産音楽隊」が上映されるそうです(ああ、この日も観にはいけない(T_T))。

Xsc110212_014私が観たのは招待作品の「HAYABUSA」(小惑星探査機はやぶさのドラマをCGで描いた作品)でしたが、宇宙の成り立ちを解明する壮大なミッションを帯びたはやぶさの頑張り(実際にはその背後ではやぶさを動かしてきた日本の科学者達の闘い)がけっこう胸に迫ってくる作品でした。最後に、1日で映画が作れるか、という挑戦をした2作品が上映されました。このアリオスを舞台に昨日から作り始めた作品をこの時間までに完成させて上映したのです。1つの作品は何だか途中で終わってしまったようなものでしたが、もう1つは一風変わった恋愛ドラマという感じで、けっこう面白かったです。

応募作品の中には男の同性愛をテーマにしたような気持ちの悪い作品もあり(私はこの手のモラルに反する作品は評価しません)、玉石混淆ではあるのかもしれません。出来れば人々の心に感動を与えるような作品が多く寄せられる映画祭になってもらえればと思います。

Xsc110212_022最後に、アドバイザーの原一男監督が講評の中で、こんなことを述べていらっしゃいました。
3大国際映画祭が行われているカンヌ、ベネチア、ベルリンはそれほど大きなまちではない。ローカルなまちが時間をかけて映画祭を作ってきたのが、国際的な評価を得たものだ。いわきはローカルなまちだが、ここが世界の中心だと思えば、インターナショナルになる。時間をかけて映画祭を育てていくことでインターナショナルになることは可能である。

なるほど。せっかく始まった映画祭なので、是非是非いわきの映画文化を育て、日本と世界につながっていくような、魅力的な映画祭に育ってもらいたいものです。それを育てるのは観客、と原監督も仰っていました。多くの市民がこの映画祭を育てなければならない、ということなのですね。

あ、1つ気になったこと。さすがに2日間丸々作品を観た人はいなかったと思いますが、ネットで細かな上映情報がなかったのが残念でした。2日間の時間をやりくりして、観てみたい作品に狙いを定めてアリオスに向かいたかったです。次回は情報発信をもう少し考えてもらえれば嬉しいです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年2月 7日 (月曜日)

司会その2〈星一講演会〉

O0480035911015534028先日ご紹介した「星一講演会」が予定通り、1月30日に行われました。講師は星一さんが創立された星薬科大学の教授で、学内でも星一研究の第一人者である三澤美和先生をお迎えしました。この会では私は事務局長なので、2日続けて会の司会と相成りました。

会場は当初、LATOV6Fのセミナー室を予定していましたが、前日までに新聞を見て問い合わせをくれた方が20人近くに上り、ひょっとして上限100人の会場ではあふれてしまうだろうか、と考え、急きょ同じフロアの企画展示ホールをお借りすることにしました。

O0480035911015534006案の定、というべきか、100席ほど用意したイスは後から後から来る来場者で一杯になり、結局160名あまりがおいでになりました。星一なんていわきで関心のある人は少ないだろうなあ、と思っていたら、そんなことないのですね。これはまったく嬉しい誤算でした。

会場では我々が作ったパネルも展示、またブラウンチップの関根匡君が開発した「星一ブレンドコーヒー」の試飲と販売、星一さんに関する書籍の販売も行いました。書籍は文庫本40冊を用意しましたが、完売。コーヒーもけっこう売れたようです。

星一ブレンドは星一さんゆかりのペルーの豆と、いわきから移民されてコーヒー農園を経営されている下坂さんのブラジルの豆をブレンドし、星一ゆかりのドイツにちなんでジャーマンローストで仕上げています。ブラウンチップでお買い求め頂けますので、是非お試しあれ。
http://www.carmo.jp/

さて、肝腎の講演のことですが、三澤先生は次の7つの切り口で講演をされました。

1.世界で学ぶ夢
2.企業家としての夢
3.教育者としての夢
4.星一の哲学
5.世界奉仕の夢
6.政治家としての夢
7.子孫奉行の夢

我々自身がまだ資料収集が十分でないのもありますが、さすがに多くの資料を基にしたご講演で、パワーポイントの写真は我々が初めて見るものも多くありました。星一さんの戸籍抄本、アメリカで星一さんが発行していた「日米週報」、エジソンが「To Hajime Hoshi」とサインしたエジソン自身の肖像写真、星製薬の本社ビル、「クスリはホシに限る」と書かれた総天然色の新聞広告など、なかなか面白いものでした。

少なくともいわき市民には、星一を知らない人はいないぐらい、このユニークな人物を知ってもらうというのが我々の第一目標です。その一端には出来たのではないかと感じられたこの日の講演でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年2月 6日 (日曜日)

司会その1〈いわき三田会〉

Xsc110129_038毎年1月最後の土曜日あたりに「いわき三田会」(慶應義塾大学同窓会)の総会・新年会が行われます。5年前にも一度書きましたが、そのときと違うのは、いつの間にか私が幹事長になっていて、Xsc110129_036司会を務めているということです。今回は1月29日、いわきワシントンホテル椿山荘で行いました。

同窓会ですから総会といっても肩が凝るような議題はなく、毎年同じような交流の場を提案する程度です。しかし、今回は大きな議題がありました。それは会長の交代です。

Xsc110129_027_3これまで30年ほどの間、平の塩屋山崎の社長である山﨑慶一さんが会長を務めてこられましたが、今回の総会で退任され、オノエー社長の小野栄重さんが新会長に就任されました(写真手前が山﨑前会長、壇上が小野新会長)。

塩屋山崎といえば、江戸時代から続くいわきの中での旧家中の旧家。昔は平銀行のオーナーで、昭和恐慌の際はいわきの経済を支えたと言われています。私の実家は小名浜の塩屋ですが、山﨑家とは関係がありません。我が塩屋は大正3年の創業ですので、山﨑家とは比ぶべくもありません(父の実家は福島で、こちらは江戸時代初期からの商人なのですが)。

新会長の小野栄重さんは現在、いわき商工会議所の副会頭で、温厚で知性的、いわきを代表する経済人のお1人です。新会長のもと、我がいわき三田会がますます賑やかになることを願っています(どういうわけか、今までは塩屋-塩屋コンビでしたが、今度は小野-小野コンビです。「小野さん」と言われてもわかりにくくて困ります(^^;))。

会の中ではT女史が大学の先生と大学出身者のボーカルグループを呼んで講演会とコンサートを開きましょう!と提案されました。地域の役に立つようなこうした活動は大歓迎です。

今回は昨年春に大学を卒業したばかりの若いカップル(近々結婚予定とのこと)が初参加しました。女性がいわき出身で、首都圏出身の男性がいわきにやってくるということです。いわき出身の優秀な人材は流出することが多いですが、こうして流入してくる方がいらっしゃるというのはすばらしいことです。

まちづくりをするのはよそ者、バカ者、若者であると言われています。よそ者で若者の彼にはさらに熱心にまちを動かそうとするバカ者にもなってもらって、いわきを刺激してもらいたいものです。

Xsc110129_159最後はいつものごとく応援歌「若き血」で締め。上記の新人にエールを切ってもらい、楽しい一時が終わりました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年1月19日 (水曜日)

東洋の製薬王の偉大な足跡〈星一命日〉

Mr_hoshi_hazime_s本日はいわきが生んだ「東洋の製薬王」星一の命日でした。

星一? 皆さんご存じでしょうか。セイイチ? ホシイチ? いえ、ホシ・ハジメです。

この方について語り始めると一晩かかってしまうので、かいつまんでご紹介すると…

  1. ショートショート作家・星新一の父。息子はSF作家だが、自身は人物がそのままSF的。
  2. 日本最大の製薬会社「星製薬」を一代で築き上げ、それまで輸入に頼っていた、外科手術に不可欠なモルヒネの国産化に成功するなど、「東洋の製薬王」と呼ばれた。星製薬はチェーンストアという販売方式を日本で初めて確立した。
  3. 星薬科大学の創立者。これは星製薬の教育部門が発展したもの。
  4. 衆議院議員として3回、参議院議員として1回当選。いわき地方で行った選挙戦では「選挙大学」を開講し、女性など当時選挙権のなかった人たちも対象にして民主主義のあり方などを説いた。戦後初の参院選全国区でトップ当選を果たした。
  5. 第一次世界大戦で敗戦したドイツに資金援助。昨年はそれに感謝するドイツ政府が記念碑を寄贈し、勿来市民会館で除幕式が行われた。
  6. 野口英世と同時代人で、アメリカで共に苦学した。英世が母親孝行するために帰国するときの資金は星一が全額出した。英世と一緒にエジソンに会いに行ったりもしている。
  7. モットーは「親切第一」。親切が世界を救うと説き、冊子化された「親切第一」は昭和42年まで102版を数えるロングセラーだった。会社には「親切第一神社」を作り、息子の新一の本名「親一」は「親切第一」から来ている。

Xsc110119_001私は小学校から高校にかけて星新一さんの本ばかり読んでいて、ほとんどの作品を読破しましたが、ショートショートで有名なこの作家の数少ない長編小説に「人民は弱し官吏は強し」があります。これはアメリカから帰国した星一が「星製薬」という会社を興し、東洋一の製薬会社に育て上げるものの、官僚の陰謀で破産状態にまで追い込まれるという物語です。ショートショートの軽快感とはまったく異質の、重い重い作品です。

そんな経緯から私自身は星一という人物のことをずいぶん前から知っていたのですが、6~7年前まではいわき市出身という認識がどこかに行っていました。植田の緑川貴之さんという青年会議所(JC)の1個先輩が星一でまちづくりをしようという思いを持っていて、そういえば作品の中に星一の出身地がいわきだと書いてあったなあ、と思い出したのです。2005年に私と緑川さんはJCの大会のテーマに星一を持ってこようとしたのですが、そのときは挫折。

Xsc110119_008それが何と、ひょんなことからドイツ政府が星一に感謝の意を表す記念碑を贈ってくれることになり、2009年の暮れ、「星一プロジェクト実行委員会」というものを立ち上げ、星薬科大の卒業生にしていわき薬剤師会の会長である長谷川祐一さんに実行委員長になっていただき、歴史の中に埋没してしまった「星一」を世の中に呼び覚まそうということになったのです。

そんなこんなでこの1年半ほど、星一についてはいろいろ調べたりまとめたり話したりしてきたため、語りたい内容が山のようになってしまいました。時間があれば本を出したいくらいですが、そこまでの余裕がないので、出来る範囲で今後も星一さんの偉業を讃え、多くの人々に知ってもらえるように取り組んでみたいと思っているのです。

本日は、わずか数名ではありますが、勿来市民会館の敷地に設置された星一さんの胸像と記念碑に対し、献花式を行いました。一族を代表して錦星幼稚園理事長の星昭光さん、勿来支所長の小宅幸一さん、そしていわき市の市民協働課・矢吹課長補佐にも来ていただいて、星一さんを偲びました。

Xsc_0422来週には講演会も行いますし、2月にはちょっとした冊子も発行します。LATOVのいわき総合図書館では2月頭からいわきの生んだ偉人の一人として星一さんの紹介をしてくれるようです。できれば今後、星一さんの著書である「親切第一」の復刻などしてみたいとも思っております。

星一を知ることは、郷土の偉大で魅力的な先人を知ること、明治のアントレプレナーを知ること、利害得失ではない政治のあり方を学ぶこと、「親切第一」に貫かれた一人の人間の生き様を知ること…と多様な側面があると考えています。何より地元いわきにとっては、郷土の生んだ先人を知ることを通して、郷土そのものに誇りを持つことにつながって欲しい、というのが私の願いです。

興味のある方は是非、来週の講演会をお聞きください。また、星一さんを知る本として新潮文庫の「明治・父・アメリカ」と「人民は弱し官吏は強し」を是非お読みいただきたいと思います。講演会の概要は次の通りで~す。

  記

1.日時  1月30日(日)14:00~16:00
2.場所  いわき産業創造館・セミナー室(いわき駅前 LATOV6F)
3.主催  星一プロジェクト実行委員会
4.共催  いわき市
5.後援  いわき市医師会、いわき薬剤師会、いわき歯科医師会
           福島民報社、福島民友新聞社、いわき民報社
6.講師  三澤美和氏
              東京大学薬学部卒業。東京大学大学院薬学系研究科
              薬学専門課程博士課程修了(薬理学専攻)。
              現在、星薬科大学薬理学教室教授。
7.演題  『いわきが生んだ製薬王・星一の人と生涯』

★入場無料、事前申込み不要です。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2011年1月16日 (日曜日)

とりあえず最後の大型船〈にっぽん丸入港〉

Xsc110116_019本日、小名浜港2号埠頭(アクアマリンふくしま前)に大型客船にっぽん丸が入港しました。にっぽん丸は日本丸ではなく、帆船かと思ったら客船なのでした。一昨年から何度か「飛鳥Ⅱ」という日本最大の豪華客船が小名浜港に入港しましたが、それに続く豪華客船の来訪です。今日は次女と三女、そして次女の友達と三女の友達を車に乗せて、小名浜港に行ってきました。

Xsc110116_023いやあ、今日は寒かった。朝起きると小名浜には珍しい一面銀世界になっていて、午後1時頃に出掛けたものの、日陰の道路はまだ凍り付いたまま。運転も慎重になるような陽気でした。海はまた一段と寒く、厚着をしていても冷たい風が衣服を染み通ってきます。

でも快晴の好天の中、にっぽん丸は清々しく埠頭に着岸していました。いやあ、大きい大きい。立派な客船です。にっぽん丸は商船三井が運行するクルーズ客船。現在就航しているのは3代目で、1990年に進水式が行われたのだとか。

Xsc110116_034子供達が「ビルみた~い」と言うので、「ビルそのものだよ」と答えました。1、2、3、4…と数えてみると8階建て(というのか?)。客室はもちろん、プール、スポーツバー、大浴場、ブティック、カジノ、茶室、診療所などの設備があるようです。死ぬまでに一度、こんな船で日本や世界を旅してみたいものです。

Photo今回は横浜発着で「冬の北海道と小名浜クルーズ」4泊5日の旅。小名浜には今朝8時に入港し、午後2時半に出航しました。オプショナルツアーとして「いわきの温泉と歴史探訪」「いわきの名所と旬の食材に癒されるひと時」が用意されており、常磐炭鉱の産業遺産、湯本温泉、アンコウ鍋、塩屋埼などを味わっていただいたようです。船内ではささきいさおさんのショーもあったのですね。
http://www.nipponmaru.jp/pamphlet/2010.10-2011.2SH/index.html#page=33

いわきでの受け入れ窓口はいわき市産業・港湾振興課。港湾行政の市の窓口です。市と民間で「小名浜港歓迎訪船実行委員会」というのを作って、飛鳥Ⅱのときから誘致活動を行ってきました。私も2年前にはこの実行委員会で若干のお手伝いをさせていただきました。
http://www.city.iwaki.fukushima.jp/topics/009807.html

Xsc110116_031実行委員会では朝は入港セレモニー(フラダンス、手旗信号)、そして歓迎アトラクション(フラダンス)、午後は出港セレモニーとあれこれ設営で大変です。我々が行ったときは出港Xsc110116_032セレモニーの和太鼓演奏をやっていましたが、その後バンド演奏も行われたようです。船内見学会もあったのですね。船上のお客さん達もアトラクションの様子を眺めてくれていました。

Xsc110116_038飛鳥Ⅱは夏と秋だったせいもあり、車が止められないぐらいの人だかりでしたが、さすがにこの寒さではそれほどの人手ではありませんでした。でも逆に、この寒さなのに、と考えるとよくこれだけの人が来たと思えるような賑わいでした。

タイトルの「とりあえず最後の大型船」というのは、こうした大型船誘致はひとまずこれで終わりということです。せっかく何度か実績を作ったのだから、今後も続けて欲しいところですが、人工島・小名浜東港の建設に伴い、3号埠頭から東港への橋がかけられることとDsc110116_999_3なり、大型船は1、2号埠頭に入れなくなるのです。本日見てみると、橋脚が海面からいくつも顔を覗かせていました。今が入港のギリギリのタイミングなのです。

ただ、「とりあえず」という通り、東港完成後は東港に着岸出来るかもしれないし、風景の変わる3号埠頭が着岸場所になるかもしれません。これから数年間はお休みとなりますが、新しい小名浜港の姿を見に、また豪華船に来てもらいたいものです。

Xsc110116_039冷え切った体を温めに、我らは出店していたブースでもつ煮込み汁を頂き、ほっと一息。そして、小名浜美食ホテル1Fの「まめ庵」にて揚げたてアツアツのカツサンドを頂きました。おおこれはうまい。アツアツでカリカリで、こんなおいしいカツサンドは食べたことがありません。あれえ、HPにカツサンドが出てないじゃないですか。社長さん、よろしく頼みますよ。
Photo_2http://www.bishokuhotel.com/shoplist/mamean/

ということで、冬の小名浜港もなかなか面白いのです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧