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2011年3月10日 (木曜日)

レ・ミゼラブル-ちょっと背伸びした本に挑戦〈読み聞かせ〉

小名浜東小学校では何年か前から保護者のボランティアで月1回、読み聞かせをしています。1年から6年まで18クラス全部で行えているので(校長先生などにも参加してもらっていますが)、何とかそれだけのお母さん方(お父さんは残念ながら私ぐらい)に協力してもらっています。

皆さんどちらかというと低学年よりは高学年がやりづらい。小さい子は何を読んでも喜んでくれますが、大きくなると幼い絵本ではつまらないと思われるし、難しすぎてもよく分かんない。子供達の心を引きつける本の選択は難しいのです。

51iheomygxl__ss500_うちの次女が今年6年生なので、最後は6年生にはなむけの思いを込めていい本を読みたいとずっと思っていました。単に面白い本ではなく、何か心に残るような、何か考えてもらえるような本を。あれこれ考えた結果、「レ・ミゼラブル」でどうだろうと考えました。

うまくいくか自信がなかったので、6年生の先生方に聞いてみました。いいんじゃないの、と言われたので、不安を抱えつつも挑戦してみました。とても10分で読める本ではないので、ジャン・バルジャンが司祭と出会い改心する場面を読むことにしました。通常の全編翻訳から子供向けの短縮版まで何冊か見てみると、訳が微妙に違います。どれが子供達にうまく伝わるか比較してみた結果、新潮文庫の佐藤朔訳を採用。ジャン・バルジャンが教会にたどり着いたところから司祭に赦される場面までを、ところどころ削りながら読み聞かせ用の原稿にしました。

12月に6年1組。1月に6年2組。そして、ホントに6年間最後の機会、3月4日が娘の6年3組ということになりました。1組、2組ともそれなりに準備して臨みましたが、この本を知っている子はクラスにせいぜい1人。読んだ反応も分かったような分からないような。伝わったのかなあ、と不安が残りました。1組のS先生は、今の子供たちは古典的名著に触れていないと言われました。その意味で、「触れてみる」ことに意味があるのでは、ということでした。ところが、先日植田小学校で行われた読み聞かせの講演会で質問したところ、「多くの子供達の心を引きつけることが必要なので、その本の選択は難しいのでは」と言われてしまいました。

そう。いくらこちらが「いいものだよ」と言っても、受け手が全然分からないのでは意味がありません。読み手の自己満足では。そうかあ、3組で読むのは考え直そうかなあ、と思うようになりました。

読み聞かせ日の直前、いわき総合図書館であれこれ本を物色してみましたが、なかなか「これだ!」と思える本がありません。でも1つの候補として、「真の勇気とは何か」をテーマとした「ヤクーバとライオン」を借りてきました。家に帰って娘に「ヤクーバとレ・ミゼラブル、どっちがいい?」と聞いたら、「レ・ミゼラブル」という答え。ヤクーバはピンとこないって。へえ、そうか。迷うなあ。でも最後に考えたのは、「戦わない勇気」と「赦しの愛」、どちらを子供達に伝えたいのかと自問し、結局「レ・ミゼラブル」で行くことにしたのです。

当日。3組もこの本を読んだことがあるのは1人だけ。前の2クラスと同じように一生懸命に読んでみました。ありがたかったのは、先生が読み終わった後、フォローに入ってくれたこと。まず「話が分かった人?」と聞いたら、手を挙げたのは数人。その子達に「どう思ったの?」と質問すると、いくつかの答えが返ってきました。「今の感想でこの話が分かった人?」と再質問すると、さっきよりずっと多くの子が手を挙げました。

1度聞いただけでは分かりにくいテーマですが、少しずつ掘り下げていくと子供達も分かっていくのです。先生が「最後に何かありますか」と言われたので、「友達の中にはいろんな子がいるけど、その子を愛すること、許すことによってその子の心が変わるということがあるんだよ。これから中学校に行く中で、そんなことも考えて欲しい」と話しました。先生は「お父さんは何カ月もかけてこの本を決めたんだよ。先生も相談を受けた」と説明してくれました。こういうフォローをしてもらえると、ただ読みっぱなしではなく、そのときの子供達の心に入っていくような読み聞かせになるなあ、と今年度一番の充足感を感じたのでした。

家に帰ると娘が、「学校の図書館でレ・ミゼラブルを探しに行った子がいた」と報告してくれました。たかだか10分の活動ですが、それが子供達に何かを提供するきっかけになればとても嬉しいです。

さて、話はすでにだいぶ長いのですが、もう少し続きます。昨晩(3月5日深夜)、NHK・BSハイビジョンでなんと!「レ・ミゼラブル25周年記念コンサート」が放送されていました。イギリスで上演されたミュージカルをノーカットで放送しているのです。気がついたときはもう半分過ぎていて、残りを慌てて録画しました。

Les_main2実は、大学時代に帝劇で日本版のミュージカル「レ・ミゼラブル」を見て、止めどなく涙が流れた経験があり、いつか家族にこのミュージカルを見せたいと思っていました。今年は日本でもロンドン初演以来25年を記念した特別な年です。今はS席が13500円、私が学生のときは確か10000円でした。このミュージカルをテレビで見れてしまうなんて! しかも読み聞かせを終えた直後に。信じられないほどのグッドタイミングでした。

前半の、犯罪者の烙印に心すさんだジャン・バルジャン、司祭との出会いによる改心、ファンテーヌやコゼットとの出会いは見逃してしまいましたが、後半、コゼットとマリウスが恋に落ちる場面、エポニーヌの実らぬ恋、自由を求めて革命に走る若者達とその挫折、ジャン・バルジャンとジャベール警部のせめぎ合い、そして年老い、幸福感に満ちてこの世を去るジャン・バルジャンの姿…登場人物達の思いの1つ1つにまたも涙があふれ出てしまいました。この物語の力、そしてそれを題材としたこのミュージカルの力は本当にすばらしい。

このミュージカルを見て学生時代から最も印象に残っているのは、キリスト教精神に貫かれた物語には、いくつかの異なる「神」観が描かれていることです。1つは宿屋の主人・テナルディエ夫妻の「御利益の神」。2つめはジャベール警部の「裁きの神」。そして3つめは、ジャン・バルジャンの「愛と赦しの神」。

テナルディエは強欲で、金儲けばかり考えている宿屋の主人。ファンテーヌから娘のコゼットを預かりますが、過酷な労働を強い、ファンテーヌには追加の仕送りを要請し続けます。学生達の政治闘争が起こって死者が出たとき、そこから金目のものを奪っていくというとんでもない人物。こんな人間でも神の名を口にするのですが、それは御利益の神なのです。

ジャベールは警部ということもあり、正義を求める人物です。犯罪は許さない。ジャン・バルジャンの過去を追い続け、いつか逮捕しようと狙っています。学生達の革命運動に対しても、既存の秩序を揺るがすものとして抑圧する側に立ちます。

そしてジャン・バルジャンが信じるのは愛と赦しの神。改心のきっかけ自体が司祭に罪を赦された上にさらなる愛を受けるという出会いでしたから、その後の彼の人生は、こうした人生観に貫かれていきます。ジャン・バルジャンは学生達に捉えられたジャベールを逃がし、自身は傷ついたマリウスを助ける。敵を許し、他者を命がけで助け、自身は逃げも隠れもしない。正義を追い求めてきたジャベールはこうしたジャン・バルジャンの姿に、自分の信じてきた生き方を打ち砕かれ、自ら命を絶っていきます。

人生にとって大切なことは何か。多くの苦労の中でも貫かなければならない生き方とは何か。原作が世に出て200年経っても、いきいきと世界で演じ続けられるこの作品は、やはり魅力的です。いじめなど、さみしい心が生み出す陰険な事件を耳にするたび、こうした作品が子供達にも届くといいのだけれど、と思うのです。

なお、NHK・BS2で3月14日(月)(13日深夜)00:40から、 プレミアムシアター「レ・ミゼラブル25周年記念コンサート」が放送されるようです。今度は見逃さないぞおぉぉ。

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