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2007年6月 1日 (金曜日)

炭礦発祥地めぐり〈内郷〉

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2月に続き、4月29日に第2回ヘリテージ実験ツーリズムが行われ、「常磐炭田発祥の地-内郷地区の炭礦遺産を巡る」と題して、内郷地区の炭礦遺産を見てきた。

Xmg_6095まず最初が常磐炭砿・内郷砿選炭場跡地。選炭場というのは坑内から搬出した石炭からズリ(石炭以外の不純物)を取り除く設備のこと。Xmg_6105常磐炭砿は本州最大の炭鉱で、中でも内郷砿は主力砿ということで、おのずとこの選炭場は本州最大の選炭場、ということであった。いわきに炭鉱があったことは知っていたが、つい最近までそれ以上のことはほとんど知らなかった。今なおこうした設備の跡が残っているなんて、ほとんどのいわき市民は知らないだろう。コンクリート造りの巨大な設備が日本の近代産業を支えた往時に思いを致させる。

Xmg_6123_1この場所というのが内郷のいわき紙器(常磐パッケージの関連会社)の敷地からちょっとした山道を上がっていったところで、ふだんは立入禁止のようだ。私有地であり、建物自体がすでに安全でないということもあるのだろう。私もこんな会ででもなければお目にかかれなかった。

Xmg_6116_2さらに歩いていくと、今度は「住吉一坑坑口」と「扇風機の上屋」がある。詳しいことは分からないが、炭鉱というのは色んなところに穴を掘って坑内に入っていくのであろうが、「○○坑」とそれぞれ名前が付いているらしい。そのうちの1つ、住吉坑。坑口というのはふつう2つあるそうで、石炭や資材を運ぶ本卸(ほんおろし)と人間を運ぶ連卸(つれおろし)に分かれるとのこと。住吉一坑は左が本卸、右が連卸ということだ。今はどちらもふさがれている。

扇風機というのは、坑内に空気を送り込むためにあったそうだ。といっても、この場合風を吹き込むのではなく吸い出す、負圧の扇風機である。地下数百㍍まで空気を送り込む技術というのは大変なものらしく、緻密な計算によって行われたそうだが、空気の通り道は2本になっていて、一方が入口、一方が出口。つまり、扇風機で空気を吸い出すことにより、もう一方からは入り込んで来るという仕組みらしい。今はその上屋のレンガだけが残っている。

Xmg_6124山を下りて少し行くと、今度は「水中貯炭場」というのがある。石炭を水中に貯蔵する施設だ。石炭は空気に触れると劣化するということで、それを防ぐために水中に貯蔵したとのこと。常磐炭砿の石炭は日本を代表する他の産炭地に比べ炭化の度合いが低く、質は高くなかった。それがさらに劣化しないようにというための設備だった。

Xmg_6125つづいて、かつては人混みでまっすぐ歩けなかったほど賑わっていたという金坂商店街を行く。今は住宅地の中にいくらか商店があるという程度の通りだが、そういう説明がつくと特別な道に見えてくるからXmg_6127不思議だ。さらにバスで炭住(炭鉱住宅)の跡を通り、共同便所の横を過ぎてゆく。今では使われていない便所も、見方を変えると「近代文化遺産」なのである。

昼食後、元常磐炭砿社員の秋本さんという方にレクチャーしていただく。この方は技術畑を来た方で、炭鉱というはその当時の技術の最先端を行っていた産業だということがよく分かった。上記の扇風機の技術もそうだが、Xmg_6137坑内の掘削というのはトンネルと同じように右と左から同時に掘り進めて貫通させるそうだが、トンネルのようにまっすぐに掘り進むわけではないので技術的にははるかに難しいそうだ。また、地下600㍍まで下りる高速エレベーター、1㌧の石炭を掘るために30-40㌧の温泉を汲み出さねばならなかったことなど高度な技術が集約された産業で、ツルハシ1つの肉体労働と思っていた私の炭鉱観が180度変わってしまった。

石炭が地中にどのように存在するかも初めて知った。要は2.5㍍ぐらいの厚さの地層の1つをなしているということだ。分かりやすくいうと、板チョコを斜めに地面に突き刺した状態なのである。その頭がちょうど石炭が発見された弥勒沢(みろくさわ)である。炭鉱の初期は浅いところを掘っていたが、時代と共に掘り進み、最後は地下数百㍍にまで至ったということだ。板チョコの幅はどれくらいかというと、日立から富岡あたりまで。それが常磐炭田の全貌なのである。

Xmg_6152午後は徒歩で「石炭(スミ)の道」3㎞あまりを歩く。これは白水阿弥陀堂から弥勒沢炭鉱資料館をグルリと回り、また阿弥陀堂へと戻る道。資料館では炭層を見られるところもあり、Xmg_6157石炭が今なお地中に眠っているのがよく分かる。

湯本には炭田史研究会などがあり、炭鉱の歴史を本格的に研究している人たちの層も厚い。それを多くの市民や観光客が楽しめるようなツアーに洗練させていければ面白い。それがヘリテージツーリズムの本旨でもあろうと思う。

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