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2007年3月19日 (月曜日)

幼い頃心ときめいた場所〈タウンモールリスポ〉

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小学生ぐらいの頃、「ショッピングに行く」というのは、分かりやすく言えばディズニーランドに連れていってもらうぐらい心ときめくことだった。「ショッピング」というのは普通名詞ではなく、「小名浜ショッピングセンター」(OSC)のことである。小名浜まちづくり市民会議の広報紙に毎度、「小名浜今昔物語」というのを書いているのだが、今回はリスポを取り上げることになり、創業当時の方にお話を聞き、須田一男さんという方が書いた「小名浜ショッピングセンター物語」という本を読んだ。これがなかなか面白く、小名浜人の気概みたいなものを感じさせられたのである。

Xmg_5194小名浜の人なら誰でも知っている「ショッピング」や「名店街」のことを改めて紹介するのも何だが、このブログの読者は世界中にいるのでf^_^;、かいつまんでご説明してみよう。OSCが出来たのは昭和42年。小名浜名店街が出来たのが44年。小名浜のまちは今も小名川橋から鳥居下交番あたりまで約1.5㌔に及ぶ長い商店街があるが、40年余り前、この道路が駐車禁止になるという話が出、危機感を持った商店主たちがショッピングセンター立ち上げに動いたのが始まりということである。特に土地・建物を借りて生業を営んでいた商店主たちが自分の城を持つという夢に向かっていった。協業組合を結成し、資金を集め、コンサルに依頼して構想を練り上げていった。OSCが建つことになった土地は小名浜一小が移転して空き地になっていた。この払い下げを目指し、市役所に猛アタック。数年がかりの交渉の末、ようやく実現に至ったという。

それに対し、名店街は老舗商店の集まり。OSCの開業で路線商店街への人の流れが少なくなっていったことへの危機感から、対抗する施設の開業となった。

Xmg_5499当時こうしたスタイルのショッピングセンターは珍しく、全国各地から視察に訪れたという。幼い頃の私の頭に強烈に残ったのは、名店街の屋上の飛行機。何で本物の飛行機がここにあるんだろう、と疑問を持ったことを覚えている。飛行機なんて当時はあまり見たこともなかったので、嬉しかった。OSCは改装されて、店内を川が流れるようになり、うきうきした記憶がある。どういうわけか、この川には小銭が沢山投げ入れられていた。

Xmg_5500隆盛を誇ったOSC、名店街に転機が訪れたのが、鹿島地区にエブリアができたことだった。ダイエーをキーテナントにした一大ショッピングセンターができ、OSC、名店街のかなりのテナントがそちらに移転してしまった。私がいわきに戻ってきた頃がOSCの最後の頃だったが、空き店舗の空間に占められてしまった店内の様子に寂しさを感じたものだった。その後、OSCに残った店舗が名店街に移る形で新たに「タウンモールリスポ」が誕生。今なお、小名浜の住民にとっては日用品の買い物に欠かせないこの施設は命脈を保った。OSCの建物は廃墟化したが、つい最近やっと更地になり、広々とした駐車場に生まれ変わった。

Xmg_5502歴史の話が長くなってしまったなあ。実は今日までの4日間、リスポで「いわき物産展」が開かれた。小名浜漁港、Xmg_5504小浜漁港、久之浜漁港、川前、白水、勿来、その他諸々、市内各地の物産が駐車場で販売された。私は娘たちとカニ汁、イワナの塩焼き、つきたてのダンゴなどを食べ、湯本温泉からの出張足湯につかって「いわき」を味わった。店内もこだわり商品をつくる市内各地Xmg_5505の生産者が販売を行っており、久々にリスポがいい賑わいを見せていた。

Xmg_5527もう一つ、「匠の技」ということで、ガラス細工づくり、革製品作り、切り絵、こけしづくり、フラワーボトル、風呂敷の包み方など職人芸を見せ、体験させ、販売する企画が行われていた。いわきにこんな「技」があるんだなあ、と感嘆。コマ回し大会というのも行われたので、幼稚園で磨き上げた技を試すため、次女・翠が挑戦した。Xmg_5530予選5人の中で2位になったが、準決勝進出は1人だけだったので、残念ながら敗退。でも本人は「またやりたい!」。楽しいひとときとなったようだ。

小名浜の中心は東から西に進んできた、とよく言われる。もともとは古湊地区が小名浜の中心だったが、西へ西へと進んでOSCにたどり着き、今はどう見ても岡小名地区が商業の中心だ(マルト、カインズホーム、ユニクロ、マツモトキヨシ、青山、コナカなどがひしめく)。が、…が、だ。リスポの各店舗は古くから小名浜で生業をなし、生き残ってきた店ばかりだ。今回のイベントの賑わいぶりを見ても、まだまだ元気を出せるのではないかという思いになった。OSC・名店街創業時の気概をもう一度発揮し、是非小名浜のまちを活気づけて欲しいものだと思う。

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コメント

私が東京へ行ってしまったのは、昭和40年。そのためOSCは帰省時に立ち寄る程度の場所でした。
ただ一小の跡地が、大変貌したなという印象は強かった。
さて、今の仕事をしていて、ある時期流通対象の機関紙の編集に携わっていたことがあった。いろんな業態を尋ねたけど家庭用品店もその対象だった。訪問してインタビューを試みていたが、店主に会って話をしているうち、OSCへ見学に行ったという方に複数お会いした記憶がある。
それも中部地方だったり、九州だったり、ちょっとびっくりしました。それだけ画期的な試みだったんですね。評価も高かったんだ。小名浜はもともと進取の気性に富んでいるところだし、話を聞くたびに、こそばゆく感じながらも、少々嬉しい気分になった当時の記憶が戻ってきました。

投稿: shig. | 2007年3月19日 (月曜日) 17時54分

shig.さん、コメントありがとうございます。
やはり全国に名が轟いていたんですねえ。開業当時はなんでも、イトーヨーカ堂の社長も視察に来たのだそうです。本文中に書いた「小名浜ショッピングセンター物語」には融資を受ける苦労、キーテナントを決めるやり取り、一度火事で焼失した後の再建などがドラマチックに書かれていました。こういう進取の気性は地元人として受け継いでいかねばならないと感じます。

投稿: 小野潤三 | 2007年3月20日 (火曜日) 13時00分

母の実家が小名浜にあるのですが、お正月に集まった母方の従兄弟達とお年玉を握り締めて出かける先がOSCと名店街でした。また、亡き祖父に連れられて好きなお菓子を買ってもらったりと、今でもふと思い出すと心が温かくなるような思い出の詰まった場所でもあります。

リスポに生まれ変わってからは1、2度しか足を踏み入れたことがありませんが、昔の賑わいを知っているとやっぱりちょっと寂しい感じがしますね。

投稿: Mic'o | 2007年3月24日 (土曜日) 02時54分

学区外・・それも十数キロ離れているOSCに行くなんて大人にとっては言語道断の小学生でした僕(たかぼ)
自転車で小浜のヘアピンカーブの急坂を子供自転車で登っていきました・・・・・
たぶん入り口脇にあった「アイスクリーム屋さん」が目当てでした。ソフトクリームはどこにでもあるけど、サーティーワンみたいないっぱいあって選べるアイスは田舎少年のたかぼにとっては、カルチャーショックでした。大人のコーヒー味 女の子の前では注文できないストロベリー 初めての緑のアイス???なんだこりゃ??そうそれはミント味でした!!!ちょっとアメリカっぽいアイスに勇気をだして挑戦!!
うっ!!!便所くせえ!!!!
食べられませんでした。でもみんなで回し食べをして楽しさ満点での帰路についたものです。
このメンバーでキャンディーズのコンサートにハワイアンセンターにも自転車で行ったっけ・・・・・・・

投稿: たかぼ | 2007年6月30日 (土曜日) 09時31分

たしか名店街でランドセルを親に買ってもらった覚えがあります。自分も子供の頃からあの小銭が気になってて、最近親に聞いたところ、あの小銭は年寄りの方達が条件反射で投げていたそうです。
お賽銭箱感覚で…

投稿: Y | 2008年5月 5日 (月曜日) 12時14分

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