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2006年7月 4日 (火曜日)

地下資源都市いわき〈石炭化石館〉

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Xmg_2191Xmg_2147Xmg_2189_1いわきに戻って12年。いつか行こうと思って行きそびれていたのが、いわき市石炭化石館。先日、ついに初入館を果たした。

Xmg_2151_1 駐車Xmg_2150場の周囲には温泉が湧き出す場所やS L・D51が置いてある。館内に入るとまず、有名なフタバスズキリュウの雄姿(化石の複製)がお出迎え。発見者の鈴木直(ただし)さんがフタバスズキリュウを語るパネルが掲げられている。

Xmg_2157Xmg_2169_1

1Fは「化石」コーナー。有名なティラノサウルスやトリケラトプスの骨格が展示されている。映画『ジュラシックパーク』もリアルだが、原寸大の骨格というのは映画にはないリアリティがある。こいつに肉が付いていたのかあ、という想像力もかき立てられる。

2Fは「石炭」コーナー。常磐炭田の歩み、石炭の掘削や用途などが展示されている。そして、面白いのがエレベーターで下りる地下展示室。Xmg_2182一気に地下600メートルまで下りるとそこは薄暗い坑道になっていて、江戸時代から現代に至る掘削の様子が等身大の人形で示されている。人が近づくと動く仕掛けになっているのだろう。人形が動き出して会話を始めると、子供たちがびくっとして、「こわ~い」。誰もいない坑道を行くのは正直不気味だったが、石炭というものがどうやって掘り出されていたのかを知るには分かりやすい展示だ。一通りグルリと回ると、地下600メートルのはずだったが、どういうわけか1Fに出た。

2億数千万年前から6500万年前までと言われる恐竜の時代と、近現代に栄えた石炭産業の展示というのはかなり激しいギャップがある。いうまでもなく石炭自体が化石燃料であるから、化石というくくりで問題はないのだが。が、何より重要なことは、いわきという土地が、化石、石炭、温泉というきわめて恵まれた地下資源のまちだということだ。掘ればどこからでも化石が出、石炭が出、温泉が出てくる土地なのである。

フタバスズキリュウは海竜の骨格がほぼ完全な形で発見された希有な化石。この春には映画ドラえもん「のび太の恐竜2006」に登場しhttp://dora2006.com/top/top.html、最近になってこの恐竜が新種であると確認されるなどhttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060515-00000178-kyodo-soci、いまだに話題を呼び続けている。2年前には、いわきでアリが閉じこめられた琥珀が発見され、全国紙の1面を飾った。常磐炭砿は日本四大炭砿の一つで、本州最大の産炭地だった。炭砿の終焉に当たっては常磐ハワイアンセンター(現スパリゾートハワイアンズ)が産まれ、炭鉱労働者の雇用の場を確保した「プロジェクトX」として知られており、この秋には松雪泰子主演で映画化もされるhttp://www.hula-girl.jp/。湯本温泉は「延喜式神名帳」にその名が記された日本三古泉の一つで、豊富な湯量と高い泉質で知られる。

…とまくし立ててしまったが、イマイチ強調されていないものの、とにもかくにもいわきはすごい地下資源の宝庫なのである。あ、一つ忘れていた。磐城沖石油開発という帝国石油系の会社が、文字通りいわき沖の海の上で天然ガスを掘っている。さすがに石油は採算ベースに乗るほどは取れないようだが、あらゆる地下資源に恵まれた土地だと言えるだろう。

その中核にあるのはやはり石炭産業だった。私の記憶に炭砿というものはかけらもないのだが、この歳になって、近現代のいわきを石炭というものが覆っていたことにようやく気づいてきた。「黒いダイヤ」と呼ばれた石炭を掘って一攫千金を夢見た人々が全国からこの地にやってきて地面を掘り進んだ時代があった。石炭産業の席捲は江戸時代までのいわきの歴史や文化をかき消し、「歴史のないまち」いわきを作ったという説も聞いた。Xmg_2209過酷な労働には様々な負の側面も伴っていただろう。平や内郷のお寺では、強制連行され炭砿で亡くなった韓国・朝鮮人に対する供養が今も行われていると聞いた。

それもこれも常磐炭砿の歴史であり、いわきの歴史そのものなのだと思う。近年、グリーンツーリズムやブルーツーリズムの親戚で「ヘリテージツーリズム」というのが注目されるようになってきた。グリーンやブルーは山や海という自然を楽しむものだが、ヘリテージは近代産業遺産を楽しむというものだ。いわきにおいてはすでに過去のものになってしまった石炭文化を遺産として蘇らせ、観光資源にしたり我々自身の父祖の歴史として学んでいくことが大事ではないかと思う。

ついでながら、実は日々、小名浜港には大量の石炭が荷揚げされている。その量、月間30万トン。多くは広野火力発電所の燃料として使用されており、一部は常磐共同火力発電所でも使われているそうだ。産炭地は主にオーストラリアやインドネシア。いわきでは今も掘ればたくさんの石炭が出てくるのだろうが、時代は変わった。過去の石炭文化を総括し、我々の歴史として身につけるべき時なのではないだろうか。
http://www.iwaki-cc.ac.jp/tanden/

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コメント

常磐炭鉱は我々の高校生時代(昭和37、8、9年)まではなじみだった。同級生に父親が働いている、という友人もいたし、都市対抗野球では「常磐炭鉱」は常連だった。大毎オリオンズ(現・ロッテ)に小野という投手がいて、ペナンとレースばかりでなくオールスターでも活躍していたが、常磐炭鉱の野球チームの出身だった。
おっしゃる通り、小名浜港には、積み出す石炭が山積みされていた。以前このブログに書かれていた、小名浜臨港鉄道で運んでいたんだと思う。
炭鉱閉鎖からハワイアンセンターへと奇跡の復活を成し遂げたが、その経緯が今度映画化されるとか。できたら見てみたいと思っている。

投稿: shig. | 2006年7月10日 (月曜日) 15時38分

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